
樋口一葉(作家)の名言|貧苦の中で文学を貫いた覚悟の言葉
樋口一葉さんは、1872年に東京で生まれた明治時代を代表する小説家です。本名は樋口奈津。17歳のとき、父の死をきっかけに一家の戸主となり、女性が学問や職業を持つことが難しかった時代の中で、筆一本で家計を支える決意を固めます。歌塾「萩の舎」で和歌や古典文学を学んだ後、雑貨店経営の失敗などで極度の貧困に苦しみながらも、小説家としての道を諦めませんでした。1895年から1896年にかけて『たけくらべ』『にごりえ』『十三夜』などの傑作を立て続けに発表し、森鴎外や幸田露伴といった文豪たちからも絶賛される「奇跡の14か月」を過ごしますが、1896年、肺結核のためわずか24歳という若さでこの世を去っています。極貧の暮らしの中でも、日記に自らの覚悟や葛藤を綴り続けた樋口一葉さん。その言葉には、女性であることの生きづらさと向き合いながらも、文学への志を決して手放さなかった強さが宿っています。
我が志は国家の大本にあり
日記に記された、樋口一葉さんの壮大な志を示す言葉です。一女性作家という枠を超え、自分の生き方や表現が国家の根幹に関わるほどの意味を持つのだという、強い自負が込められています。
貧しい暮らしの中にあっても、決して小さくまとまることのなかった樋口一葉さんの気概が、この短い言葉によく表れています。
心は動くものにあらず、動くものは情なり
心と感情の違いについて、樋口一葉さんが鋭く見抜いた言葉です。心そのものは静かなものであり、人を突き動かし、涙させたり行動を変えさせたりするのは「情」という感情の働きによるものだという、深い人間観察が示されています。
多くの人物の心の機微を描き続けた小説家としての、樋口一葉さんの洞察力がうかがえる一言です。
命ある限りはどんな苦しみにも耐え、頑張って学問をしたいと思う
貧困と病に苦しみながらも、学問への情熱を失わなかった樋口一葉さんの決意が表れた言葉です。どれほど厳しい状況に置かれても、学び続けることをやめないという強い意志が示されています。
わずか24年という短い生涯の中で膨大な古典の知識を身につけていった樋口一葉さんの、揺るぎない向学心が伝わってきます。
力もない女が何を思い立ったところでどうにもならないとは分かってはいるが、私は今日一日だけの安楽にふけって百年後の憂えを考えないものではない
女性であることの無力さを痛感しながらも、目先の安楽だけに逃げ込むことをよしとしない、樋口一葉さんの気概が表れた言葉です。今この瞬間だけでなく、遠い未来のことまで見据えて生きようとする姿勢が示されています。
明治という女性に厳しい時代を生きた樋口一葉さんが、それでも大きな視野を失わずにいた証といえる言葉です。
このような時代に生れ合わせた者として、何もしないで一生を終えてよいのでしょうか。何をなすべきかを考え、その道をひたすら歩んで行くだけです
自分が生きる時代への強い問題意識と、そこから導かれる行動への決意を語った言葉です。時代の困難を嘆くだけでなく、自分がなすべきことを見定め、それをひたすら実行していくという覚悟が示されています。
貧困や女性差別という数々の困難の中でも筆を折らなかった樋口一葉さんの、生き方そのものを表す言葉です。
水の流れる川にも淵があり、瀬がある。人生にも苦しいときと良いときがあるだろう。悪いことばかりではないはず。元気を出して頑張ろう
人生の浮き沈みを、川の流れにたとえて語った言葉です。苦しい時期が続いても、それが永遠に続くわけではないという希望を持ちながら、自分自身を励まし続けようとする姿勢が示されています。
極貧の生活の中で自らを奮い立たせてきた樋口一葉さんの、前向きな心の持ちようがよく表れた一言です。
身をすてつるなれば、世の中の事、何かはおそろしからん
自分の身を捨てる覚悟さえ定めてしまえば、世の中にもう恐れるものなど何もないという、樋口一葉さんの潔い覚悟を示す言葉です。追い詰められた状況の中で、恐怖を突き抜けた先にある強さが表れています。
貧困や病といった過酷な現実と向き合い続けた樋口一葉さんだからこそ語れる、覚悟の据わった一言です。
母上に安らかな生活を与え、妹に良縁を与えることが出来るなら、私は路傍にも寝ようし乞食にもなろう
家族への深い愛情と献身を語った言葉です。自分自身がどれほど困窮しようとも構わないという、家族を第一に思う樋口一葉さんの強い覚悟が示されています。
一家の戸主として家計を支え続けた樋口一葉さんの、責任感と愛情が凝縮された言葉です。
色に迷う人は迷えばいい。情に狂う人は狂えばいい。この世で一歩でも天に近づけば、自然と天が機会を与えてくれるだろう
恋愛や感情に振り回されることを否定せず、むしろそれを人間らしさとして肯定する、樋口一葉さんの寛容な考え方です。迷いや情熱を恐れずに受け入れることで、人はより高い境地へと近づいていけるという思想が示されています。
吉原の遊女たちの人間模様を繊細に描き続けた樋口一葉さんの、人間の弱さへの深い理解がうかがえる言葉です。
われは誠に窮鳥のとびいるべき懐なくして、宇宙の間にさまよう身にはべる
頼れる場所もなく、この広い世界をただ一人さまよっているという、樋口一葉さんの孤独な胸の内を吐露した言葉です。追い詰められた鳥にたとえながら、自らの心細さを率直に綴っています。
貧困と孤独の中で懸命に生きた樋口一葉さんの、飾らない弱さと孤独感が伝わってくる一言です。
達磨さんも私も、おあしがない!
「一葉」という号の由来を語る際に用いたとされる、樋口一葉さんらしいユーモアあふれる言葉です。手足のない達磨の絵と、お金(おあし)のない自分の貧しさを重ねた洒落で、深刻な状況すらも笑いに変えてしまう機知が光ります。
極度の困窮の中にあっても、こうしたユーモアを忘れなかったところに、樋口一葉さんのしなやかな強さが表れています。
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偉人や著名人、アーティスト、アスリート、マンガ・アニメの登場人物など、さまざまな人の言葉を紹介しています。名言だけを並べるのではなく、その言葉が生まれた背景や込められた意味、人物の歩みまで丁寧に調べ、今を生きる私たちにどのような気づきを与えてくれるのかを、わかりやすくお伝えします。
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