渋沢栄一

渋沢栄一(実業家)の名言

渋沢栄一(しぶさわえいいち)さんは、1840年に武蔵国榛沢郡(現在の埼玉県深谷市)の農家に生まれた実業家です。若き日は尊王攘夷の志士として倒幕運動に身を投じますが、その後一橋慶喜に仕えて幕臣となり、幕府使節団の一員としてヨーロッパへ渡航。先進的な経済制度や社会システムに触れた経験が、後の人生を大きく方向づけることになります。明治維新後は大蔵省の官僚として新しい国づくりに携わった後、実業界へ転身し、第一国立銀行や東京証券取引所をはじめ、生涯でおよそ500もの企業の設立・育成に関わりました。日本赤十字社など約600の教育・福祉団体の設立にも尽力し、「私利を追わずに公益を図る」という信念を貫いたことから「日本資本主義の父」と称されています。『論語と算盤』に代表される、道徳と経済を両立させる思想を説き続けた渋沢栄一さんの言葉には、単なる金儲けを超えた、社会全体を豊かにするための哲学が込められています。

論語と算盤は、甚だ遠くして甚だ近いものである

道徳を説く『論語』と、経済活動を象徴する「算盤」は、一見まったく異なる領域にあるように思えますが、渋沢栄一さんはこの二つが本質的には近いものだと語っています。道徳のない経済は永続せず、経済を伴わない道徳もまた社会を豊かにできないという考え方が示されています。

生涯にわたり道徳と経済の両立を追求してきた渋沢栄一さんの思想の核心を、端的に言い表した言葉です。

真に理財を長ずる人は、よく集むると同時によく散ずるようでなくてはならぬ

お金を稼ぐ能力だけでなく、それを適切に使う能力もまた重要であるという、渋沢栄一さんの経済観です。ただ蓄えるだけでなく、社会のために正しく使うことができて初めて、本当の意味で財を成す人と言えるという考え方が示されています。

数々の社会福祉事業にも私財を投じてきた渋沢栄一さんの実践が、この言葉を裏付けています。

適材の適所に処して、しかしてなんらの成績を挙げることは、これその人の国家社会に貢献する本来の道

自分の得意な分野で、それを発揮できる場所に身を置き、そこで成果を上げることこそが、社会への本当の貢献であるという考え方です。無理に自分に合わない役割を担うのではなく、自分の強みを活かせる場所を見つけることの大切さが説かれています。

官僚から実業家へと自らの適性を見極めて転身した渋沢栄一さんだからこそ語れる、実感のこもった言葉です。

正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ

不正な手段や道理に反する方法で得た富は、いずれ長続きしないという、渋沢栄一さんの経済倫理観が表れた言葉です。目先の利益のために道徳を犠牲にすることの危うさを、明確に指摘しています。

『論語と算盤』を著し、道徳と経済の両立を説き続けた渋沢栄一さんの思想の根幹を成す考え方です。

四十、五十は洟垂れ小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ

年齢を理由に活動を控えることをよしとしない、渋沢栄一さんの力強い言葉です。四十代、五十代はまだまだ未熟であり、六十代、七十代こそが本当の働き盛りだという、常識を覆すような視点が示されています。

91歳で亡くなるまで精力的に社会貢献活動を続けた渋沢栄一さんの生き方そのものが、この言葉を体現しています。

一人ひとりに天の使命があり、その天命を楽しんで生きることが処世上の第一要件である

誰もがそれぞれ生まれ持った使命を持っており、それを楽しみながら全うすることこそが、人生を生きる上で最も大切なことだという、渋沢栄一さんの人生観です。義務としてこなすのではなく、天命を「楽しむ」という視点が印象的です。

武士から官僚、そして実業家へと役割を変えながらも、常にその時々の使命に真摯に向き合ってきた渋沢栄一さんらしい言葉です。

金儲けを品の悪いことのように考えるのは根本的に間違っている。しかし儲けることに熱中しすぎると、品が悪くなるのも確かである

お金を稼ぐこと自体を卑しいものとする風潮に異を唱えながらも、それに熱中しすぎることの危うさも同時に指摘した、バランスの取れた言葉です。金儲けと品格は対立するものではなく、両立させるべきものだという考え方が示されています。

500社もの企業の設立に関わりながら、常に道徳を重んじてきた渋沢栄一さんだからこそ語れる、実践的な処世訓です。

夢なき者は理想なし 理想なき者は信念なし 信念なき者は計画なし 計画なき者は実行なし 実行なき者は成果なし 成果なき者は幸福なし

渋沢栄一さんの代表的な教えとして知られる「夢七訓」の一節です。幸福にたどり着くまでの道筋を、夢から順を追って論理的に示しており、まず夢を持つことがすべての出発点であることを説いています。

数々の事業を成功へと導いてきた渋沢栄一さんの思考プロセスが、そのまま体系化されたような言葉です。

金はたくさん持つな、仕事は愉快にやれ

財産を無限に積み上げることに人生を費やすよりも、自分の学問や知識を活かして、やりがいのある仕事に取り組むほうがはるかに価値があるという、渋沢栄一さんの信念です。大富豪でありながら、あえてこう語るところに、彼の価値観の本質が表れています。

私利ではなく公益を追求し続けた渋沢栄一さんの生き方が、この言葉に凝縮されています。

もうこれで満足だという時は、すなわち衰える時である

現状に満足してしまった瞬間から、成長は止まり衰退が始まるという、渋沢栄一さんの厳しい自戒の言葉です。どれだけ成功を収めても、そこに安住せず、常に次を目指し続けることの大切さが示されています。

生涯にわたり新しい事業や社会貢献活動に挑戦し続けた渋沢栄一さんの姿勢そのものを表す言葉です。

人は死ぬまで同じ事をするものではない。理想にしたがって生きるのが素晴らしいのだ

一つの役割や立場に固執するのではなく、理想を追い求めながら柔軟に変化し続けることの価値を説いた言葉です。武士、官僚、実業家と、時代の変化とともに自らの役割を変えてきた渋沢栄一さんならではの考え方が表れています。

変化を恐れず、常に理想に向かって進み続けた渋沢栄一さんの生き方を象徴する言葉です。

個人の富はすなわち国家の富である

個人が得る富を、社会全体から切り離されたものとしてではなく、国家の富の一部として捉える、渋沢栄一さんの経済思想です。私益と公益を対立するものとせず、両者がつながっているという発想が示されています。

「合本主義」を提唱し、多くの企業を社会全体の発展のために設立してきた渋沢栄一さんの理念がよく表れた言葉です。

得意時代だからとて気を緩さず、失意の時だからとて落胆せず、常操をもって道理を踏み通すように心がけて出ることが肝要である

順調な時も不遇な時も、心の在り方を変えずに一貫した態度を保つことの大切さを説いた言葉です。得意な時ほど気を緩めやすく、失意の時ほど心が乱れやすいという人間の性質を踏まえた、実践的な戒めが込められています。

幕末から明治、大正と激動の時代を生き抜いた渋沢栄一さんだからこそ語れる、揺るぎない処世の心得です。


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