
二宮尊徳(思想家)の名言
二宮尊徳(にのみやそんとく)さんは、1787年に相模国(現在の神奈川県小田原市)の農家に生まれた、江戸時代後期の農政家・思想家です。「二宮金次郎」の名でも知られ、薪を背負いながら本を読む姿の像は、全国の小学校で見た人も多いのではないでしょうか。幼くして酒匂川の氾濫により家財を失い、両親も相次いで亡くすという過酷な境遇の中、勤労と学問を両立させながら生家の再建を成し遂げます。その後、小田原藩の家老・服部家の財政再建をはじめ、生涯でおよそ600もの農村・藩の復興に携わりました。道徳と経済の調和を説いた「報徳思想」は、後の渋沢栄一さんや松下幸之助さんら、多くの実業家にも大きな影響を与えています。私財を一切持たないまま生涯を終えた二宮尊徳さんの言葉には、地道な努力と、他者への譲り合いを何よりも重んじた生き方が表れています。
道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は戯言である
二宮尊徳さんの思想の根幹を表す、最も知られた言葉の一つです。利益だけを追い求める経済活動は害悪であり、逆にきれいごとだけで実際の生活が成り立たない道徳論も無意味である、という現実的な視点が示されています。
数々の農村再建において、理想論だけでなく実際に成果を上げ続けてきた二宮尊徳さんだからこそ語れる言葉です。道徳と経済、両方を両立させることの大切さを、鋭く言い切っています。
奪う益なく譲に益あり。譲に益あり奪うに益なし
他人から奪うことには本当の利益はなく、譲り合うことにこそ真の利益があるという、二宮尊徳さんの根本的な人生観です。目先の利益を独り占めしようとする姿勢を戒め、分かち合うことの価値を説いています。
600以上の農村復興に携わりながら、私財をほとんど残さなかった二宮尊徳さんの生き方そのものが、この言葉を裏付けています。
小積もりて大となればなり
「積小為大(せきしょういだい)」という言葉でも知られる、二宮尊徳さんの代表的な教えです。小さな努力の積み重ねこそが、やがて大きな成果へとつながっていくという考え方が、簡潔な言葉に凝縮されています。
わずかな菜種から油代を稼ぎ出した若き日の経験に裏打ちされたこの言葉は、地道な努力を軽視しがちな現代人にとっても、変わらぬ説得力を持っています。
たらいの水は、自分の方に引き寄せようとすると逃げていく。相手に押してあげれば、いずれ自分の元に返ってくる
二宮尊徳さんが好んで語ったとされる、たらいの水にたとえた有名な教えです。幸福を自分だけのものにしようとすると、かえって遠ざかってしまう。逆に、相手のために尽くせば、巡り巡って自分にも返ってくるという道理を示しています。
シンプルなたとえ話でありながら、人間関係や利益の本質を鋭く突いた、二宮尊徳さんらしい実践的な知恵です。
努力することで、人は成長する。楽な道を選んでは、何も得られない
苦労を避けて楽な道ばかりを選んでいては、何も得られないという、二宮尊徳さん自身の人生経験から生まれた言葉です。若くして家族を失い、厳しい労働と学問を両立させてきたからこそ語れる重みがあります。
成長には必ず努力が伴うというシンプルな真理を、飾らない言葉でまっすぐに伝えています。
人道は一日怠れば、たちまち廃れる。一日を怠ければ、一日分の食物を失う
日々の努力を怠ることの代償を、厳しくも明確に示した言葉です。人としての正しい行いは、一日でも怠ればすぐに崩れてしまうものであり、その結果は日々の暮らしに直接跳ね返ってくるという考え方です。
農業という、日々の積み重ねが収穫に直結する仕事に生涯を捧げた二宮尊徳さんだからこそ語れる、実感のこもった言葉です。
小事を努めて怠らなければ、事は必ず成し遂げられる。小事を努めずに怠る者が、どうして大事を成し遂げることができようか
大きな目標を達成するためには、まず小さなことを疎かにしないことが不可欠だという、二宮尊徳さんの一貫した考え方です。目の前の小さな務めを軽んじる者に、大きな成功は決して訪れないと断言しています。
600もの農村を復興させた実績を持つ二宮尊徳さんの言葉だからこそ、この教えには重みと説得力が備わっています。
人々にはそれぞれ長所もあり、短所があるのは仕方がない。相手の長じているところを友として、劣っているところは友としてはいけない
人と付き合う上での姿勢について、二宮尊徳さんが示した実践的な知恵です。誰にでも長所と短所があるのは当然のことであり、相手の優れた部分に目を向けて学び、劣った部分に引きずられないようにすることの大切さを説いています。
多くの村人や武士と関わりながら復興事業を進めてきた二宮尊徳さんならではの、人間関係についての現実的な視点が表れています。
飯を炊くのは少しずつがよく、一度にたくさん炊くのは良くない
日々の暮らしの中の何気ない習慣にも、二宮尊徳さんの思想はよく表れています。必要な分だけを用意し、無駄を出さないという姿勢は、「分度」の考え方、つまり身の丈に合った暮らしをすることの大切さを、身近な例で示したものです。
大きな理論だけでなく、日常の細部にまで目を配る二宮尊徳さんの実践的な姿勢が伝わってくる言葉です。
あらゆる荒廃は心の荒蕪から起こる。心田の開発こそ繁栄への道
農地の荒廃も、その根本をたどれば人の心の荒みから始まるという、二宮尊徳さんの深い洞察が表れた言葉です。表面的な対策だけでなく、人々の心を耕すことこそが本当の復興につながるという考え方です。
数々の農村再建において、単なる技術指導にとどまらず、人々の意識改革にまで踏み込んできた二宮尊徳さんらしい、本質を突いた教えです。
人間の手は自分のほうへ向いて自分のために便利にもできているが、また向こうのほうへも向いて向こうへ押せるようにもできている
人間の体の仕組みそのものに、他者のために尽くすべき理由を見出した、二宮尊徳さんならではの独特な視点です。自分のためだけに手を使い、他人のために押し出すことを忘れてしまっては、人でありながら人ではないとまで語っています。
身近な体の仕組みを通して道徳を説くという発想に、二宮尊徳さんの実践主義的な思想がよく表れています。
至誠・勤労・分度・推譲。これを行っていくことではじめて、人は物質的にも精神的にも豊かに暮らすことができる
二宮尊徳さんが唱えた「報徳思想」の四つの柱をまとめた言葉です。誠の心を尽くし、勤勉に働き、身の丈にあった暮らしをし、余ったものを他者に譲る。この四つが揃って初めて、本当の豊かさが得られるという考え方です。
600以上の農村復興という圧倒的な実績によって裏付けられたこの思想は、現代の経営者や実業家にも今なお影響を与え続けています。
二宮尊徳さんの名言を紹介してきましたがいかがでしたか?
あなたの知っている二宮尊徳さんの名言がありましたらコメント欄で教えてくださいね。
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