
新渡戸稲造の名言
新渡戸稲造(にとべいなぞう)さんは、1862年に盛岡藩士の家に生まれた教育者・思想家・農学者です。5歳で父を亡くし、母のもとで育てられながら「偉い人にならねばなりません」という教えを胸に成長しました。札幌農学校で学んだ後、東京帝国大学の面接で「願わくは、われ太平洋の橋とならん」と語ったことは、後の生涯を象徴する有名な逸話として知られています。アメリカ留学を経て、日本と欧米の懸け橋となることを志した新渡戸稲造さんは、1899年に英文で著した『武士道』によって国際的な名声を得ました。その後は台湾での産業振興、第一高等学校校長、東京女子大学初代学長、国際連盟事務次長など、教育者・国際人として多方面で活躍します。日本と世界をつなぐ役割を生涯にわたって果たし続けた新渡戸稲造さんの言葉には、武士道の精神と国際的な視野を兼ね備えた、揺るぎない人格の重みが宿っています。
願わくは、われ太平洋の橋とならん
東京帝国大学への進学に際し、面接で語ったとされる、新渡戸稲造さんの生涯を貫く志を表す言葉です。日本と欧米、二つの世界の間に立ち、その懸け橋になりたいという若き日の決意が凝縮されています。
実際にその後、教育者として、また国際連盟事務次長として、生涯にわたり日本と世界をつなぐ役割を果たし続けた新渡戸稲造さんの人生そのものが、この言葉を裏付けています。
武士道は知識を重んじるものではない。重んずるものは行動である
著書『武士道』の中核をなす考え方を、端的に言い表した言葉です。知識をどれだけ蓄えても、それを実際の行動に移さなければ意味がないという、実践を重んじる新渡戸稲造さんの姿勢が表れています。
学問の世界に身を置きながらも、常に実社会での行動を大切にしてきた新渡戸稲造さんならではの、説得力のある言葉です。
信実と誠実となくしては、礼儀は茶番であり芝居である
形だけの礼儀作法を、新渡戸稲造さんが鋭く戒めた言葉です。どれほど礼儀正しく振る舞っても、そこに誠実な心が伴っていなければ、それは単なる見せかけの演技に過ぎないという考え方が示されています。
多くの人々と真摯に向き合い、深い信頼を築いてきた新渡戸稲造さんだからこそ語れる、人との関わり方における本質的な教えです。
立ち止まることも勇気である
前へ進むことだけが勇気ではないという、新渡戸稲造さんの柔軟な人生観が表れた言葉です。周囲の流れに逆らってでも、あえて立ち止まる決断をすることもまた、大きな勇気を要する行為だという考え方が示されています。
進むべきか退くべきか迷う瞬間に、この言葉は静かな指針を与えてくれます。
勇気を修養するものは、進む方の勇ばかりではなく、退いて守る方の沈勇もまたこれを養うよう心掛けねばならぬ。両者がそろって真の勇気が成る
勇気には、前進する勇気と、踏みとどまる勇気の両方があるという、新渡戸稲造さんの深い洞察が表れた言葉です。どちらか一方だけでは不十分であり、二つが揃って初めて本当の勇気になるという考え方が示されています。
武士道精神を国際社会に紹介した新渡戸稲造さんらしい、バランスの取れた勇気の定義です。
いかに苦しいことがあっても、ヤケになるのは短慮の極みである。逆境にある人は常に、「もう少しだ」と言って進むといい。やがて必ず前途に光がさしてくる
苦しい状況にあっても、投げやりになることの愚かさを説いた言葉です。「もう少しだ」と自分に言い聞かせながら歩み続ければ、いずれ必ず光が見えてくるという、粘り強さを促す励ましが込められています。
自身も家庭の不幸や困難な留学生活を経験してきた新渡戸稲造さんだからこそ語れる、実感のこもった言葉です。
真の勇気とは、猪突猛進ではなく、しっかりと立ち上がり周囲を見回して、いま成すべきことを見つけ出すことができるかである
勢いだけで突き進むことを、真の勇気とは呼ばない、という新渡戸稲造さんの考えが表れた言葉です。冷静に状況を見極め、今なすべきことを的確に判断する力こそが、本当の勇気であるという視点が示されています。
感情に流されず、常に理性的な判断を大切にしてきた新渡戸稲造さんらしい、落ち着いた教えです。
世の中には、譲っても差し支えないことが多い
何事にも意地を張らず、譲るべきところは譲るという、新渡戸稲造さんの柔軟な姿勢が表れた言葉です。すべてを勝ち取ろうとするのではなく、譲歩することもまた賢明な生き方であるという考え方が示されています。
国際的な調整役を長年務めてきた新渡戸稲造さんだからこそ語れる、実践的な処世の知恵です。
名誉は境遇から生じるものではなく、それぞれが自己の役割をまっとうに努めることにあるのだ、ということに気づいているのは、ごくわずかの高徳の人々だけである
名誉というものが、地位や環境によってもたらされるのではなく、自分の役割を誠実に果たすことから生まれるという、新渡戸稲造さんの人生観が表れた言葉です。多くの人がこの本質を見誤りがちであることも、あわせて指摘しています。
華やかな肩書きよりも、日々の務めを大切にしてきた新渡戸稲造さんらしい、地に足のついた考え方です。
自分の現在の義務を完全に尽くす者が一番偉いと思う
偉大さの基準を、地位や成果ではなく、目の前の義務をどれだけ誠実に果たすかに置いた言葉です。特別な功績よりも、日々の務めを完全に果たし続けることの尊さを説いています。
教育者として多くの後進を育て、国際社会でも実務に真摯に取り組んできた新渡戸稲造さんの生き方が、この言葉によく表れています。
夢もまた人生の一部である。夢のない人生はない
夢を、人生における特別な付属物ではなく、人生そのものを構成する不可欠な要素として捉えた言葉です。夢を持たない人生というものは存在しないという、新渡戸稲造さんの前向きな人間観が表れています。
若くして「太平洋の橋」という壮大な夢を掲げ、生涯をかけてそれを追い続けた新渡戸稲造さんだからこそ語れる、力強い言葉です。
理想を行動に移すことが人生である。理想なしにぶらぶら流れのまにまに生きているのでは、存在するというだけで、人間の生活をしているとは言いがたい
理想を持ち、それを行動に移すことこそが本当の人生であるという、新渡戸稲造さんの厳しくも力強い人生観です。理想を持たずただ漫然と生きることは、生きているとは言えないとまで断言しています。
自らの理想を数々の行動によって実現してきた新渡戸稲造さんの生き様が、この言葉に凝縮されています。
目的を勝敗以上の高所に置け。一生の目的を高きに置いてこれを追えば、途中の障害は多いようでも多くないものと思える
目先の勝ち負けよりも、はるかに高い目的を人生の指針とすることの大切さを説いた言葉です。目的が高く壮大であればあるほど、途中で出会う障害も相対的に小さく感じられるという考え方が示されています。
生涯を通じて国際平和という高い理想を追い続けた新渡戸稲造さんならではの、スケールの大きな人生哲学です。
新渡戸稲造さんの名言を紹介してきましたがいかがでしたか?
あなたの知っている新渡戸稲造さんの名言がありましたらコメント欄で教えてくださいね。
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