福沢諭吉

福沢諭吉(洋学者・啓蒙思想家・教育者)の名言

福沢諭吉(ふくざわゆきち)さんは、1835年に大坂(現在の大阪)で、豊前中津藩士の子として生まれた蘭学者・啓蒙思想家・教育者です。緒方洪庵の適塾で蘭学を学んだ後、開港間もない横浜で欧米ではオランダ語よりも英語が主流であることを知り、独学で英語の習得に転向。幕府の使節団に随行して渡米・渡欧し、西洋の思想や制度を実際に見聞したことが、その後の思想形成に大きな影響を与えました。慶應義塾の前身となる蘭学塾を開き、多くの人材を育成する一方、1872年から刊行された『学問のすすめ』は、当時の日本の人口の1割以上にあたる340万部が読まれたともいわれる大ベストセラーとなり、明治初期の日本人の意識を大きく変えました。「天は人の上に人をつくらず」の一節で知られるこの著作を通じて、福沢諭吉さんは個人の独立と学問の実践を訴え続けました。その言葉には、旧来の身分制度に縛られない新しい時代を切り開こうとした、啓蒙思想家としての強い信念が宿っています。

天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず

『学問のすすめ』の冒頭を飾る、福沢諭吉さんの最も知られた言葉です。人は生まれながらにして平等であり、身分や貧富の差は学問の有無によって生まれるものだという、当時としては革新的な思想が示されています。

江戸時代の厳格な身分制度が色濃く残る中で、この一節は多くの人々に衝撃と希望を与え、明治という新しい時代の価値観を象徴する言葉となりました。

大凡世間の事物、進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む。進まず退かずして潴滞する者はあるべからざるの理なり

現状維持というものが実際には存在せず、前進しなければ必ず後退してしまうという、福沢諭吉さんの厳しい現実認識が示された言葉です。立ち止まることの危うさを、明確な論理で説いています。

激動の幕末から明治維新という時代の転換期を生きた福沢諭吉さんだからこそ、変化し続けることの必然性を強く実感していたのでしょう。

独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人に諛うものなり

独立心の欠如が、いかにして人を卑屈にしていくかを、論理的に段階を追って説明した言葉です。他人に頼る心が、やがて恐れとなり、最終的にはへつらいへとつながっていくという因果関係が示されています。

個人の独立こそが国家の独立の土台であると説き続けた福沢諭吉さんの思想の根幹を成す、重要な一節です。

学問は事をなすの術なり。実地に接して事に慣るるに非ざれば決して勇力を生ずべからず

学問とは単なる知識の蓄積ではなく、実際に物事を成し遂げるための技術であるという、福沢諭吉さんの実学重視の姿勢が表れた言葉です。実際の経験を積まなければ、真の勇気や力は生まれないという考え方が示されています。

蘭学から独学で英語へと転向し、実際に欧米を訪れて見聞を広げてきた福沢諭吉さんの、実践を伴わない学問への懐疑が込められています。

学問に入らば大いに学問すべし。農たらば大農となれ、商たらば大商となれ

どんな道を選んだとしても、中途半端にせず、その道を極めることの大切さを説いた言葉です。学問であれ農業であれ商売であれ、自分の選んだ分野で一流を目指すべきだという、妥協のない姿勢が示されています。

慶應義塾の創設をはじめ、生涯にわたり教育に全力を注ぎ続けた福沢諭吉さんの徹底した生き方がよく表れています。

天は富貴を人に与えずして、これをその人の働きに与うるものなり

富や地位は生まれつき与えられるものではなく、自らの働きによって獲得するものだという、福沢諭吉さんの実力主義的な考え方です。身分制度によって固定化された当時の社会構造に対する、明確な異議申し立てが込められています。

学問によって身を立てることを説き続けた福沢諭吉さんの思想の根底に、この公平な労働観があったことがうかがえます。

一身独立して一国独立す

福沢諭吉さんの思想を象徴する、最も引用される言葉の一つです。個人が精神的にも経済的にも自立して初めて、国家もまた真の独立を果たせるという、個人と国家を結びつけた独自の考え方が示されています。

西洋列強に対抗しうる近代国家を築くためには、まず一人ひとりの国民が自立の気概を持つことが不可欠だと考えた、福沢諭吉さんの国家観の核心です。

独立とは自分にて自分の身を支配し他によりすがる心なきを言う

「独立」という言葉の定義を、福沢諭吉さんが明確に示した言葉です。誰かに頼ろうとする心を持たず、自分自身の判断と行動によって生きることこそが、独立の本質であると説いています。

抽象的な理念にとどまらず、具体的にどう生きるべきかを明快に示すその姿勢に、教育者としての福沢諭吉さんの真骨頂が表れています。

私は軽蔑されて侮辱されても、その立腹を他に移して他人を辱めることはどうしてもできない

自分が受けた不当な扱いを、別の誰かへの八つ当たりで晴らすことを潔しとしない、福沢諭吉さんの人格者としての一面が表れた言葉です。理不尽さを甘んじて受け止めながらも、自らの品位を保ち続ける姿勢が示されています。

数々の批判や中傷にも晒されながら、一貫して啓蒙活動を続けた福沢諭吉さんの誠実さが感じられる言葉です。

とかく、あまり人生を重く見ず、捨て身になって何事も一心になすべし

人生を深刻に捉えすぎることなく、思い切って物事に全力で取り組むことの大切さを説いた言葉です。悩みすぎて動けなくなるよりも、捨て身の覚悟で一心に打ち込むほうが良い結果につながるという考え方が示されています。

幾多の困難な決断を重ねながら新しい時代を切り開いてきた福沢諭吉さんならではの、実践的な人生訓です。

一国中に人を支配するほどの才徳を備うる者は千人のうち一人に過ぎず

真に人を導く力量を持つ者は、実はごくわずかしかいないという、福沢諭吉さんの冷静な人間観察が示された言葉です。誰もがリーダーになれるわけではないという現実を、率直に指摘しています。

多くの人材を育成してきた教育者としての福沢諭吉さんが、それでも見出してきた才能ある人物の希少さを物語る言葉です。

政府の定めたる法を見て不便なりと思うことあらば、遠慮なくこれを論じて訴うべし。すでにこれを認めてその法の下に居るときは、私にその法を是非することなく謹んでこれを守らざるべからず

法律への向き合い方について、福沢諭吉さんが示した明確な姿勢です。不満があれば正々堂々と議論して改善を求めるべきだが、いったん定められた法には従うべきだという、秩序と自由のバランスを重んじる考え方が表れています。

近代的な市民社会のあり方を模索し続けた福沢諭吉さんの、成熟した法治意識がうかがえる言葉です。


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