坂本龍一

坂本龍一(音楽家)の名言|「遊び」から音楽を生み続けた「教授」の言葉

坂本龍一(さかもとりゅういち)さんは、1952年に東京都中野区で生まれた音楽家です。東京藝術大学で学び、1978年にアルバム『千のナイフ』でソロデビュー。同時期に細野晴臣さん、高橋幸宏さんとともにYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)を結成し、テクノポップブームの先駆けとして、世界中のアーティストに大きな影響を与えました。映画『戦場のメリークリスマス』では出演と音楽を、『ラストエンペラー』では音楽を手がけ、世界的な評価を得ます。ファンや仲間から「教授」の愛称で親しまれ、音楽だけでなく、環境問題や平和をはじめとする社会的な活動にも、積極的に関わりました。2014年にがんを公表し、闘病を続けながらも創作を続け、2023年に71歳で亡くなっています。最晩年には、自伝『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』で、自らの言葉で人生を振り返りました。常に新しい音を探し、枠にとらわれずに音楽と向き合い続けた坂本龍一さん。その言葉には、創作を「遊び」と捉える自由さと、音楽への深い愛情が込められています。

遊びは結果を求めませんし、プロセス。僕が音楽を作るのもそんなプロセスが面白いから。子供の砂遊びみたいに、何を作ろうとイメージするのではなく、いじっているうちに形になっていく。それが創作であり、僕にとって創作こそ遊びだと思います。

坂本龍一さんの創作観を、最もよく表した言葉です。完成形をあらかじめ決めて作るのではなく、音をいじっているうちに自然と形になっていく。結果ではなく、その過程そのものを楽しむことが創作であると語っています。

世界的な音楽家が、創作を子供の砂遊びにたとえるところに、肩の力が抜けた自由さを感じます。

曲を作ろうと意気込んだところで、だいたい良い曲は出てこないんです。

曲作りについて、坂本龍一さんが率直に語った言葉です。「良い曲を作るぞ」と力んでも、そう簡単にはうまくいかない。むしろ、気負わずに音と向き合っているときに、良いメロディが見つかるのだといいます。

努力や意気込みだけではどうにもならない、創作の不思議さを、飾らない言葉で言い表しています。

自分でもたくさん曲があるじゃないですか、1000曲以上あるのかな? 良いものも悪いものも当然あるんですけど、やっぱり考えて作ったのはダメですね。

自分の膨大な作品を振り返った際の言葉です。1000曲以上もの作品の中で、頭で考えて作った曲は、やはりうまくいかなかったと語っています。ひらめきや直感を大切にする創作姿勢が示されています。

計画や理屈だけではなく、ひらめきに身を任せる大切さを教えてくれる言葉です。

100年後にも人々に聴かれている音楽をつくること。自分を漱石と比較する気はないけれど、漱石が死んだ年をとっくに過ぎてしまったことに忸怩たる思いがある。

自伝の中で語られた、坂本龍一さんの目標です。夏目漱石が49歳で亡くなった年をとうに過ぎてしまったことを、「忸怩たる思い」と表現し、100年後にも聴かれる音楽をつくりたいという大きな志がのぞきます。

世界的な評価を受けてなお、これまでの自分に満足していない姿勢が、この言葉から伝わってきます。

せっかく生きながらえたのだから、敬愛するバッハやドビュッシーのように最後の瞬間まで音楽を作れたらと願っています。

自伝の連載を始めるにあたり、坂本龍一さんが寄せたコメントの一節です。バッハやドビュッシーのように、最後の瞬間まで音楽を作り続けたいという、変わらない創作への願いが語られています。

闘病中であっても音楽への情熱を失わなかった、坂本さんの姿勢が伝わってくる言葉です。

父は僕に、簡単に何かになろうとするなと言ってくれていました。30歳までは遊んでいろと。自分が分かるまでは仕事なんて選べないということだったのでしょう。そして今は僕もそう思うのです。

編集者だった父の教えを振り返った言葉です。簡単に何かになろうとせず、30歳までは遊んでいなさいという教えには、自分自身を知るまでは進路を決められない、という意味があったのだろうと、坂本さんは受け止めています。

焦って何者かになろうとしている人に、ゆっくり自分を知っていく時間の大切さを伝えてくれる言葉です。

僕は与えられたチャンスには挑んでいったけど、自分の背中を誰かに押してほしいと思ったことはまったくありませんでした。

若い頃から数々のチャンスをつかんできた坂本龍一さんの、自立した姿勢を語った言葉です。与えられた機会には自分から飛び込んでいったけれど、誰かに背中を押してもらいたいとは思わなかったと、振り返っています。

他人に頼るのではなく、自分で決めて挑戦してきた、坂本さんの生き方が表れています。

練習嫌いの僕が言うと説得力がないかもしれないけど、とにかく好きな音楽を弾くのが一番。好きな音楽だったら、うまくなりたいと一生懸命練習するでしょう。

練習が嫌いだと笑いながら語る、坂本龍一さんらしい言葉です。うまくなるためには、まず好きな音楽を弾くのが一番で、好きなものなら自然と「うまくなりたい」と思い、練習も苦にならなくなるという考え方が示されています。

義務としての練習ではなく、好きだからこそ続けられるという、シンプルで実践的な考え方です。

ぼくは現在友達と言える人はほとんどいないんですよ。あなたがたにこういう質問をされて、初めて考えましたが、多分友達が必要なのは、自分が確立していないからなんだと思います。

友人関係について、坂本龍一さんがインタビューで率直に語った言葉です。友達が必要なのは、自分がまだ確立していないからではないかという、自分なりの考察が述べられています。

人づきあいに悩む人にとって、少し視点を変えてくれる、独特な考え方です。

音楽のためだけに音楽を書いていると、音楽という様式の中での洗練へと向かわざるをえない、それはひとつの完成に向かうこと、生命が死んでゆくことですよね。面白くも何ともないのね

音楽の内側だけで完結してしまうことの危うさを語った言葉です。音楽のためだけに音楽を書いていると、洗練され、完成へと向かっていく。しかし、それは同時に、生命力を失っていくことでもあり、面白くないのだと語っています。

完成を目指すより、外の世界とつながりながら変化し続けることを大切にした、坂本さんの音楽観が表れています。

モノをつくっているひとは、つくればつくるほど近視眼的になってしまう。大局的に見るのが難しくなるのは確かだと思います。僕も実際に遠ざかってみますよ。意識的にスピーカーから遠くに立って、音楽に集中しないで聴くように努力します

作り手が陥りやすい「近視眼」を、坂本龍一さんが自分の経験をもとに語った言葉です。つくればつくるほど細部にとらわれてしまうため、あえてスピーカーから離れて、音楽に集中しないで聴くことで、全体を見る努力をしているといいます。

何かに打ち込んでいる人が、行き詰まったときに試せる、具体的な工夫として参考になります。


坂本龍一さんの名言を紹介してきましたがいかがでしたか?
あなたの知っている坂本龍一さんの名言がありましたらコメント欄で教えてくださいね。

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