
円谷英二(特撮監督・映画監督)の名言
円谷英二さんは、1901年に福島県須賀川市で生まれた特撮監督・映画監督・撮影技師・発明家です。少年時代から機械いじりと飛行機に夢中になり、飛行機乗りを目指すも事故で夢を絶たれ、映画カメラマンの道へと進みます。アメリカ映画『キングコング』に衝撃を受けたことをきっかけに特殊撮影の世界にのめり込み、それまで「トリック撮影」と呼ばれていた技術に「特撮」という言葉を生み出しました。1954年公開の『ゴジラ』では、着ぐるみとミニチュアを組み合わせた独自の特撮技術で日本中を熱狂させ、その後もテレビシリーズ『ウルトラQ』『ウルトラマン』を手がけて一大怪獣ブームを巻き起こします。限られた予算と機材の中で創意工夫を重ね、世界に誇る特撮文化を築き上げた円谷英二さん――「特撮の神様」と呼ばれるその生き様には、貧しさをものともしない発明家精神と、仕事にすべてを懸けた職人魂が宿っています。
仕事に生き、仕事に勝負し、仕事の中に死ぬ
円谷英二さんの生き方そのものを凝縮したような、力強い言葉です。趣味や余暇としてではなく、仕事に自らの人生のすべてを懸けるという覚悟が、短い言葉の中に表れています。
生涯にわたって特撮技術の探求をやめなかった円谷英二さんだからこそ語れる、重みのある一言です。仕事に真摯に向き合うすべての人にとって、背筋が伸びるような言葉ではないでしょうか。
天から降ってくるのを待つのではなく、自分の力で作り上げることを喜び幸せとしなさい
何もないところから技術や表現を生み出し続けてきた円谷英二さんならではの言葉です。幸運や成功が向こうからやってくるのを待つのではなく、自らの手で作り上げるプロセスにこそ喜びを見出すべきだという考え方が示されています。
限られた予算と機材の中で、創意工夫によって数々の特撮技術を編み出してきた円谷英二さんの生き方そのものが、この言葉を裏付けています。
他人から『できますか?』と聞かれたら、とりあえず『できます』と答えちゃうんだよ。その後で頭が痛くなるくらい考え抜けば、大抵のことはできてしまうものなんだ
できるかどうか分からない依頼にも、まずは「できます」と答えてしまうという、円谷英二さんらしい大胆な仕事哲学です。先に退路を断つことで、必死に方法を考え抜く原動力が生まれるという、実践的な発想が語られています。
数々の前例のない特撮技術を生み出してきた円谷英二さんだからこそ説得力のある言葉で、挑戦を前に尻込みしてしまう人の背中を押してくれます。
日本人は真似が上手だが発明力はないと云う。しかしそんな馬鹿なことはない。真似する力があるものなら、発明する力もなければならぬ
当時よく言われていた「日本人は模倣は得意だが独創性がない」という風潮に対し、円谷英二さんが真っ向から異を唱えた言葉です。真似ができるということは、それだけ物事を深く理解し応用する力があるということであり、そこには必ず発明の芽もあるはずだという信念が表れています。
海外の特撮技術を研究しながら、日本独自の表現へと昇華させてきた円谷英二さんの実績が、この言葉を何よりも証明しています。
いくら沢山の子供たちを喜ばせても、自分の子供の運動会にさえ出てやれないダメ親父だよ
数多くの子供たちに夢や興奮を届けてきた一方で、家庭を顧みる時間を十分に取れなかった自分自身を、円谷英二さんが率直に振り返った言葉です。仕事への情熱の裏にある葛藤や後ろめたさを隠さず口にするところに、飾らない人柄が表れています。
多くを成し遂げた人物であっても、その裏には見えない苦悩や犠牲があったことを、この言葉は静かに教えてくれます。
このゴジラを人形アニメでやれば7年かかる。しかし、お前が演ってくれれば3月で出来るんだ
着ぐるみによる怪獣表現という、当時としては前例のない手法に挑む際、円谷英二さんがスタッフを説得したとされる言葉です。理想の完成度と現実的な制作期間を天秤にかけ、大胆な決断を下すその判断力が表れています。
限られた時間と予算の中で最大限の効果を生み出す工夫を重ねてきた円谷英二さんらしい、現場感覚に根差した言葉です。
子供たちに夢は与えても、刺激は与えてはいかん!
怪獣映画や特撮番組が子供たちに与える影響を強く意識していた円谷英二さんの、作り手としての責任感が表れた言葉です。ただ驚かせるだけの過激な演出ではなく、あくまで健全な夢や希望を届けることを大切にしていたことがうかがえます。
エンターテインメントを提供する立場としての矜持と誠実さが、この短い言葉によく表れています。
特撮っていうのは、貧乏の中から生まれたんだ
潤沢な予算があったわけではない中で、工夫と発明によって特撮技術を切り開いてきた円谷英二さんの実感がこもった言葉です。制約こそが創造性を引き出す原動力になるという逆説的な視点が示されています。
何もないことを嘆くのではなく、逆にそれをバネにして新しい表現を生み出してきた円谷英二さんの生き様が、この一言に凝縮されています。
みんな上ばっかり見てるから、逆さまにしよう
既存の発想にとらわれず、視点を大胆に転換することで新しい表現を生み出してきた円谷英二さんらしい言葉です。誰もが当たり前だと思っている方向性をあえて疑い、逆転の発想を試みる姿勢が表れています。
数々の独創的な特撮技術は、こうした固定観念にとらわれない自由な発想から生まれてきたのでしょう。
まず『出来る』って言う。方法はそれから
可能かどうかを先に判断するのではなく、まず「できる」と宣言してしまうことで、後から必死に方法を編み出していくという、円谷英二さんの仕事への向き合い方を端的に表した言葉です。
前例のない挑戦を数多くこなしてきた円谷英二さんにとって、この姿勢はまさに実践そのものでした。行動が先、理屈は後という潔さが伝わってきます。
仕事に生かせるものはないかって、いつも考えてるんだ
日常のあらゆる瞬間から、仕事のヒントを見つけ出そうとする円谷英二さんの探究心が表れた言葉です。特別な時間だけでなく、普段の生活の中でも常にアンテナを張り続ける姿勢が、数々の技術革新を生み出す土台になっていたことがうかがえます。
貪欲に学び続けるその姿勢は、どんな分野で仕事をする人にとっても学びの多い言葉です。
円谷英二さんの名言を紹介してきましたがいかがでしたか?
あなたの知っている円谷英二さんの名言がありましたらコメント欄で教えてくださいね。
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